zakkan 甚佐紅(ざっかん じんざもみ)

日々の雑感を綴ってみたい・・・。

仲良きことは麗しきかな。

甚佐紅 茜(じんざもみ あかね)

2,3日続いた雨も上がり、立ちのぼる草いきれの中、カズユキさんちでの愉しい作業も

一段落して、さあさ、ビールだビールだ、と呟きながら帰ってきたら。

玄関のドアを開けた途端、賑やかな鳥の声が。


え、此処はどこですか?


野鳥の楽園???

ちがうちがう。

ついお天気にほだされて、居間のガラス戸を全開にしたまま、夫は草刈り、わたしはお裁縫で二時間を過ごすうち、無人の家に迷い込んだツバメたち。


玄関わきで営巣している皆さんなのか、そこはよくわからない。

不幸中の幸いで、ロールカーテンを明け忘れていて。

これが開いていたら、嵌め殺しの窓に頭をごんごんぶつけて、気絶するか死んでしまったことでしょう。

とにかく出て行っていただかないと、と、箒をゆっくり振り回しながら、窓を全開にした寝室へといざない、30分くらい掛かってやっと退出していただきました。

そういえば去年は確か、お泊りのツバメさんもいたっけ。


全くいろんなことが起きる田舎の暮らしです。


ツバメは一生添い遂げると言うけれど、パートナーが必ず帰って来る、なんてことは稀で、じつは相性なんぞ関係なく到着順から営巣するんですって。そりゃ、短い期間で卵をかえし、渡りができるまでに育て上げなければならないのですもの、う~ん、好みじゃないな、あんたのオツムの羽根の色、とか言ってられないよねえ。


我々は知り合って25年。結婚して20年になります。

もう一度生まれてきても、この人と暮らしたい、と思えるほど「できた夫」です。

が、間違っても、この人と若い頃知り合い、結婚して子育てなんて絶対にしたくない。

そんな「荒んだ関係」にならなくて済んで、ほんとによかった。


子育ての時期って、バリバリ働かなくちゃならない年代、ですよね。

我々から上の世代は、俺が稼ぐ金で女子供を養ってやっている、の、時代でしたし、はっきりくっきりの役割分担。

男たちは、所属する会社でしのぎを削り、心身ともに多忙を極め。

今の夫も前の夫も、好むと好まざるとにかかわらず、優良なる歯車として、いかにして

「会社」のさらなる発展に寄与できるか、が出世と栄誉につながっていく。


ちょっと長めの休みになると、仕方なく?家族というものを思い出して、お、キャンプに行くか?とか、焼肉に連れてってやるぞ、などなど、そのときの思い付きで妻や子供のご機嫌を取ってみたりはする。

でも頭の中は、来週のプレゼンをいかにして成功させるか、とか、そも、プロジェクトの構成が間違っているんじゃないか、とか。

仕事でいっぱい。


それはそれで仕方がないことで。


わたしたちが知り合ったのは、会社人間として、彼に、すでに結果が出ていた、ころ。

お互いの母親が広島県と岡山県で、食べ物の好みがよく似ていた、ことも大きい。


いやしかし、会社という怒涛に巻き込まれて、渦のど真ん中の頃だったら、芋焼酎呑みながら政治や社会を論じたり、お相撲の極意ってなんぞやなど、ゆるゆる語りあったりできなかった、のは間違いない。


30~40代にかけての20年間って、子育てばかりか、舅、姑との関係も含めて、妻だって多忙だし、会社人間の夫に置き去りにされた思いはわだかまりとして、ずっとくすぶり続ける。

考え方の違いは浮き彫りになっていくし、ぐっとこらえた思いが鬱積もする。


そして、すれ違った気持ちは元に戻らない、と心に決めて、前の夫と別れたのでしたが、

世の中のほとんどの夫婦は離婚なんかしません。


まったくのところ、えらい!


積年の不満なんかとろかすほどの修復力とあふれる寛恕の心!

を、お互いがお持ちなのでしょうね、きっと。


それぞれの子育ても終わり、親たちを送り、つきまとう親族間の葛藤、といった煩わしい夾雑物が何ひとつ存在しない、現在の夫とのすこぶるシンプルな暮らし。


夫もわたしも、それぞれ婚姻を継続していれば受け取ることになるであろう金銭を放棄して、「家族だった人」に残してきました。


無一文になっても、二人でここにいる幸せ。

ま、お互い、さっぱりと捨て去る性格、まで似通っていたのでしょう。


あ、それから。

仲良きことは麗しきかな、ではなくて、美しき哉、なのですね。

武者小路実篤翁の至言。

麗しい、のほうが、なんとなく奥深くてかっこいいような気もするけどなあ、わたしとしては。