シジフォス、つばくろ、100円野菜。
毎日毎日、夫は草取りをしています。
「シジフォスだけどな」とつぶやきながら。

猫はボールに入って、高見の見物。
枯れたままで、まだ新しい芽吹きのほとんど見られない芝生。
シロツメクサやスギナばかりが元気よく生えてくるのを刈り払い機で刈ったり、手で引っこ抜いたり。
でも、地下茎が張り巡らされていて、すぐに再生。
「シジフォスだもんなあ」の溜息になるわけです。
「シジフォスの岩」はよく知られたギリシャの神話。
ゼウスだっけ?に楯突いたから、毎日、岩を山の頂上に押し上げる作業を命じられ、頂上に届く寸前で岩は転がり落ちて、また最初から押し上げ作業、という、過酷というか、
益の無い労働の象徴のように語られている、もはやことわざみたいなもんですよね。
プロメテウスの肝臓、というのもありました、か。
人間に火をあげちゃったものだからゼウスの怒りを買って、拷問を受け続ける。
毎夜、鷲に肝臓を食いちぎられるのに、いちおう神様で不死なものだから、死ぬことがない。肝臓も鷲の餌になるためだけに、毎日再生してしまうのでしょう、か?
いやいや、草取りはそこまでの痛み苦しみはないから、やっぱりシジフォス系、かな。
すぐに元通りの草ぼうぼうが待っているのですから、たしかに骨折り損のなんとやら。
でも、数日あるいはひと月くらいきれいな状態が続くこともあるし、シジフォスの絶望に比べたら、草取りの方がとりあえずの達成感、ですよね。
シジフォスの対価無き労働はあまりに気の毒、です。
草むしりのさなか、ふと目を上げてみると。
別に、ツバクロ日誌を書きたいわけではないけれど、日々、成長の過程が面白くて、つい。

大所帯の巣から追い出された?あるいは自ら、ちょいと遠出をしてみようかと、玄関ドアの上でくつろぐ初心者ツバメ。
この二日後には5羽すべての初心者ちゃんたちが巣立ちました。
無事な巣立ちの一部始終を見ていたのか、お向かいに新しい巣の建設が始まって。
さすがに夫は眉をひそめて、「落とそうか」と言いました、が。
消防団の詰め所や公民館、見つかったらたちどころに壊されてしまう巣。
せめて、我が家は許してあげましょうよ。
はい、落とし物の始末が大変なことはわかっています。
彼らが南へと旅立ったら、今年はわたしが責任を持ってお掃除しますから。
さて。
例年通り6月1日から始まった「100円お野菜」の市。
道路の拡幅工事の影響で、販売所が100mも近くなったんです、嬉しい。
おついたちの朝6時、いそいそと訪れたら、今期2番目!のお客でした。
釣果はこれ。

しめて600円。
じわーっと得した気分が込み上げてきます。
たまにはいいことがなくちゃね、と、ひとりほくそ笑む、水無月朔日の朝でした。
今朝は大雨。
台風が北上中です。

でも、我が家の居間には、イチゴシロップの薫風がほんのり漂っています。
朝ごはんのあと、やさしいお味のヨーグルトを頂きました。
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